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2007/4/18

ヴァージニアでの惨劇は昨日ラジオで聞いて知った。
最初の報道では犯人を中国人と言っていたが、知らない間に韓国人に訂正。その間僕はラジオをず~っと聞いていたが、誤報に対する謝罪は知る限り一切無かったように思う。

この事件が起こる前は人種差別的発言をしたラジオのホストのニュース一色だった。
この男は発言の非を認めてはいたが、「I am a good man」と言っていた...。


そして今日僕はオーティス・レディングの死後の1968年に発売されたこの編集盤を聴いていた。
タイトル・トラックの「The Dock of the Bay」は彼の代表曲と言っても良い程有名ではあるが、軽快なリズムや親しみやすいメロディとは裏腹に、やるせない嘆きが歌われている。

I left my home in Georgia
Headed for the 'Frisco bay
'Cause I've had nothing to live for
And look like nothin's gonna come my way

So I'm just gonna sit on the dock of the bay
Watching the tide roll away
Ooo, I'm sittin' on the dock of the bay
Wastin' time

以前にもふれた事はあるが、歌と言うものは歌う人間やシチュエーションによってその歌の意味する事が様々な形に変化をする事がある。
この歌を、例えば北島三郎が歌うのと、オーティス・レディングが歌うのとでは大きな隔たりが出来てくるのである。
つまりオーティスの歌う「The Dock of the Bay」の行間には、アメリカに深く根ざしている人種差別と言う壁が存在しているのである。

「Open the Door」と言う曲でも、

Let me in, let me in, let me in, let me in,
let me ease on in
Look into my eyes
Can't you see I got to come on in
I ain't lyin', and I ain't smilin''bout it, baby
Open the door or I'm bustin' in
Because this runnin'around
Sure 'nough, sure 'nough, is killin' me

と、その壁に向けて歌われているように僕には聞える。
この歌を聴いていた時、ポール・マッカートニーの「 let em in」と言う曲を思い出した。

Someones knockin at the door
Somebodys ringin the bell
Someones knockin at the door
Somebodys ringin the bell
Do me a favor,
Open the door and let em in

とポールらしい優しさに溢れた曲なのだが、白人であるポールはあくまでも let em in 「彼らを中に入れてあげようよ。」と言う立場であり、それとは対照的に黒人のオーティスは Let me in, 「中に入れてくれ。」と言う弱い立場であるのが分かる。

同じように Open the door と歌われているにも拘らず、この立場の違いに気付いてくれないと、ポールの優しさは無駄に終わってしまうし、またいつまでもオーティスの叫びが止む時が来ないように思う。
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おひさしぶりです・・・
@この男は発言の非を認めてはいたが、「I am a good man」と言っていた...。

そのあたりが日本人の感覚では理解しづらい部分なのかなと思います。そう言わざるを得ない日常、常に自分と他人の間の距離感とか違いというものを意識して、アピールしてく必要がある社会というのは、今の私にとっては厳しすぎるかな・・・
はっちょうぼり 2007/04/20(Fri)06:34:27 編集
Re:おひさしぶりです・・・
どうも、いらっしゃいませ。
コメント有難うございます。


>そのあたりが日本人の感覚では理解しづらい部分なのかなと思います。

そうですね。おっしゃるとおりだと思います。
ただヨーロッパ系、南米系、中近東系、等々の人達も似た部分があるところを見ると、日本人が特別なんでしょうか?
或いはそれらの人達も無理してアメリカ的に振舞っているのかな~?

兎に角、僕もアメリカで生活していてこれが一番疲れる部分なんです。
【2007/04/21 11:24】
無題
このCD、家にもあります!
(うちの旦那がオーティスファンなので。)

ポールとオーティスの立っている場所の違い、感慨深く読ませてもらいました。
日本人ってアメリカではちょうどこの中間的な場所に微妙にゆらゆらしながらいる感じですよね。「入れてくれ」と叫ぶ立場でもなく「入れてあげよう」とおおように提案する立場でもなく。

でもアメリカの田舎なんかに行くとどーんと「入れてくれ」の立場にカテゴライズされるのかなあ?
色々考えると家賃が高くても狭くてもやっぱニューヨークはすみやすいですね。
もんた 2007/04/22(Sun)06:26:51 編集
Re:無題
>このCD、家にもあります!
>(うちの旦那がオーティスファンなので。)

おっ、そうだったんですか。
このアルバムはシングルの寄せ集めみたいな物なので聴きやすくて好きです。

「入れてあげよう」と言った時点で既に自分が相手と同等の立場にいないと言う認識を暴露してるようなもんなんですよね。
それを理解する事が壁を取り外す第一歩だと思うんです。
【2007/04/22 13:17】
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自称、シンガー・ソングライター...。
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